「馬インフルエンザ」カリナン報告書提出される
「感染源は日本馬、流行は検疫局の不手際」
2007年8月8日、オーストラリアのレースに出場するため、日本から運び込まれた馬から発した馬インフルエンザ(EI)のため、何週間にもわたって馬の移動が禁止され、各地の競馬も中止、馬匹界に莫大な損害をもたらした事件について、2007年9月にはジョン・ハワード連邦政権が「独立調査委員会」設立を声明、イアン・カリナン元高裁判事を委員長に任命した。
6月12日、カリナン報告書が提出され、検疫局の手続きがずさんになっていたと批判している。伝染経路はおおむね次の通り。
日本から飛行機で輸送されてきた雌馬、種馬の一部はメルボルンで降ろされ、残りはシドニー空港から豪州検疫検査局(AQIS)のイースタン・クリーク検疫センターに運び込まれた。この検疫センターからウイルスの大流行が始まった。その後メルボルンからVIC州スポッツウッド牧場に運び込まれた馬についても検査し、EI抗体が検出されたが、ウイルスそのものはセンター内でおさまった。
イースタン・クリーク検疫センターで種馬のエンコスタ・デ・ラーゴが発症し、その後何頭かがやはり発症した。しかし、NSW州とQLD州で起きたEIの大流行は、8月19日にメイトランドで開かれた馬匹ショーから始まり、6日後にはシドニー市内センテニアル・パークの馬術センターで11頭がEIを発症した。この時点でピーター・マクゴーラン連邦農業大臣が72時間の全土競馬・馬匹移動禁止を施行した。当時、センテニアル・パークとはアリソン・ロードを隔てるだけのランドウィック競馬場にいる700頭のレース馬にも伝染するのではないかと心配されたが、1週間もたたないうちにアンソニー・カミングズ厩舎の馬がEI陽性と判定された。感染経路は騎手だった。そのためスプリング・カーニバルが中止され、何百万ドルもの損害を出した。9月に入るとEIはQLD州でも検出されるようになった。連邦政府は1億1,000万ドルの業界救済基金を発表し、競馬界はワクチンの緊急輸入を要請したが、認可されたのは9月末だった。
カリナン委員長は、40日をかけて260人の証人から事情聴取した結果、イースタン・クリーク検疫センターでAQISがウイルスの拡大を防いでいれば重大な損害を出さずに済んだとして、全面的にAQISの責任とした。オーストラリアの馬匹界が全面的に回復したのは10月を過ぎてから。(AAP)
文末に(AAP)とある記事は、AAP配信記事の忠実な翻訳であり、日本国内の報道と合致しない記述も含まれています。
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