ドイツ軍補助巡洋艦「コルモラン」発見
HMAS「シドニー」発見に手がかり
3月16日、ケビン・ラッド連邦首相がキャンベラの豪戦争記念館で発表したところによれば、3月15日、1941年11月にWA州沖でHMAS「シドニー」(HMAS:Her Majesty Australian Ship)を撃沈したが、シドニーの攻撃で自らも沈没した独海軍補助巡洋艦「コルモラン」の残骸が、「Finding Sydney Foundation」という財団によって発見された。場所は、パースから北に800km、シャーク・ベイから241km西の水域。首相は、「これで65年にわたって謎とされてきたシドニー発見に一歩近づいた」と語った。パースのフリーマントル港を出て、スマトラに向かっていたシドニーは、現場海域で、オランダの商船「ストラート・マラッカ」に偽装したコルモランの攻撃を受け、砲撃戦になったが撃沈され、645人の乗組員全員が運命を船と共にした。数日中に同じく沈没したコルモラン乗組員397人のうち生存者317人が救助され、海戦の証言となった。しかし、正確な沈没地点については長年不明のまま、何度もシドニー発見の試みがなされてきたが、この水域は水深が2,500mもあり、捜索を難しくしている。15日の発見では、2,560mの海底で発見されたコルモランとは別に海底の傾斜をさらに下った水深2,740mの海底で多量の破片も見つかっている。海軍も、シドニー乗組員の遺族も今回の発見を歓迎、シドニー発見を期待している。(訳注:補助巡洋艦は仮装巡洋艦という訳語もあり、ドイツ海軍は商船を武装し、商船と見せかけて連合国軍艦、民間商船に奇襲攻撃をかける戦法を使った。連合軍側では補助巡洋艦を「Raider(襲撃艦)」と呼んだ。補助巡洋艦は日本では特設巡洋艦と呼ばれた。17日朝のABCラジオがシドニー発見を報道した。(AAP)
文末に(AAP)とある記事は、AAP配信記事の忠実な翻訳であり、日本国内の報道と合致しない記述も含まれています。
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