豪海軍、日本軍特殊潜航艇調査
シドニー北部バンガン・ヘッド沖5km
5月21日、豪海軍艦船ダイバーが、シドニー北部の海岸沖5kmの水域で海底に横たわっている日本海軍の特殊潜航艇の調査を行った。同潜航艇は文化遺産に指定されているため、この調査にはマルコム・タンブル環境相が艦船に乗って立ち会った。潜航艇は1942年5月末にシドニー湾を攻撃した3隻のうちの1隻で昨年アマチュア・ダイバーに発見されるまで60年近くも行方不明になっていた。また、艇内には乗員の伴勝久中尉と芦辺守一等兵曹の遺骨が保存されている可能性があるため、墓地として法的に保護されている。ダイバーの撮影したビデオを見た後、タンブル大臣は、「M24(日本の艇名伊24)は、直立して砂の海底に鎮座しており、ほぼ無傷だが、外部に長年のトロール操業による破損も認められる。点検は海軍掃海ダイバーのチームが行った。考古学者がビデオを分析し、艇体の物理的・化学的状態を分析し、戦闘での破損や自爆装置の状態などを判定し、あるいは、乗員の遺骨が艇内に残されている可能性も判断することができると期待している」と語った。また、海軍ダイバーが艇周辺の海底の砂を採取した。この砂は今年中に二人の乗員の遺族に贈られる。オーストラリアは、国際的にも重要なこの遺構を保存し、名誉と敬意で遇することに最大限の努力を払う。今後文化遺産管理計画の一環としてさらに調査が続けられる」としている。1942年5月31日、伊24号はガーデン・アイランドの海軍基地に停泊中の米艦「シカゴ」に魚雷を発射したが外れ、兵士の宿泊船に充てられていた「カタバル」に命中、19人の兵士が命を落とした。同号と共にシドニー湾攻撃に参加した伊22号と27号は攻撃中に湾内で防潜網にからんで自沈または爆雷で沈没し、豪海軍の手で引き揚げられた後乗員は海軍葬の名誉を受け、また2隻の艇体は部品を合わせて1隻として修復され、現在、キャンベラの戦争記念館に展示されている。(AAP)
文末に(AAP)とある記事は、AAP配信記事の忠実な翻訳であり、日本国内の報道と合致しない記述も含まれています。
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