豪人戦争花嫁にオーストラリア国籍返還
アメリカ兵と結婚した1万5,000人の女性に
1943年4月、19歳の速記者だったパトリシア・フェイルさんは米空軍の爆撃手だったエド・フェイルさんと出会った。1か月後にシドニーのセント・アンドリュース大聖堂で結婚式を挙げ、3か月後には海路アメリカに渡った。その時誰もパトリシアさんに、オーストラリア女性が外国人と結婚した場合、オーストラリア国籍を失うという条項があることを教えなかった。現在テキサス州オースチンに住むパトリシアさんは、「まるでオーストラリア市民権を奪い取られたような気持ちでした」と語っている。パトリシアさんと同じ境遇のオーストラリア女性が1万5,000にいたとされているが、その法律によれば、オーストラリア男性は誰と結婚してもオーストラリアの市民権を失うことがなく、女性だけが不利な立場に置かれていた。最近成立したばかりの法律で、パトリシアさんのようにオーストラリア国籍を失った女性とその子供もオーストラリア国籍を取り戻すことができるようになった。パトリシアさんは「すでに亡くなった戦争花嫁も多く、彼女たちにとってはこの法律も遅かった」としつつ、再びオーストラリア国民として帰郷できることがうれしいとしている。4月25日のアンザック・デーには、90人ほどの戦争花嫁がワシントンDCに集まる。パトリシアさんは、「60年間アメリカに住んでいたけれど、豪大使館から手紙をもらったのは、この招待状が初めて。何千人もの女性が国に見捨てられたと感じながら暮らしてきた。オーストラリアが、海外のオーストラリア人を暖かく迎え入れるほど大人になっていることを願う」と語っている。また、パトリシアさん自身の3人の子供を含め、4万人ほどの戦争花嫁の子供たちにも豪国籍再取得資格が与えられる。(AAP)
文末に(AAP)とある記事は、AAP配信記事の忠実な翻訳であり、日本国内の報道と合致しない記述も含まれています。
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