バンストン、イタリア大使に
22年の政治生活に終止符
4月26日、ハワード首相の内閣改造で移民相から事実上降格されていたアマンダ・バンストン議員が議会で上院議員を辞職、政治引退を発表した。発表から時間を置かず、同夜同氏の駐イタリア大使任命が発表された。イタリア政府の承認を経て、6月にはピーター・ウールコット現大使の後任としてローマに赴く。アレグザンダー・ダウナー外相は、「バンストン氏は連邦議員として長年様々な経験を積み、またいくつかの大臣職を歴任しており、イタリアにあって、オーストラリアの利益を推進する人物として適任」と語った。大臣職にあった政治家がご褒美のように外交官の職を得る例はいくつもあり、元通信大臣のリチャード・オルストン氏はロンドンに赴任し、国防大臣だったロバート・ヒル氏は、駐米豪大使としてニューヨークに渡っている。アマンダ・バンストン氏については、2007年1月に閣僚の職から外された時点で駐イ大使に任命されることは下馬評に上がっていたが、下院で議員辞職を発表した段階でもその後の身の振り方については沈黙を保っていた。上院で辞職を発表した際には、安堵感も寂しさもなく、「これで一つ終った」というところだと語っていた。移民大臣在任中には、オーストラリア国籍のコーネリア・ラウさんが不法に難民収容所に拘禁され、ビビアン・アルバレズ・ソロンさんが不法にフィリピンに強制退去された事件があり、元連邦警察総監ミック・パーマー氏の調査で移民省の組織体制が手厳しく批判されたが、バンストン大臣は責任を取らされることもなく過ぎた。(AAP)
文末に(AAP)とある記事は、AAP配信記事の忠実な翻訳であり、日本国内の報道と合致しない記述も含まれています。
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