30年前の「バリボーの5人」殺害事件検視法廷再開
新証言「テレビ・クルーは意図的に射殺された」
1975年10月、東チモールで独立派とインドネシア統合派が対立していた頃、突然インドネシア軍がチモール島を西と東に分ける国境線を越えて東チモールになだれ込んだ。国境近くのバリボーでは、銃撃戦がやんだ後、取材のために滞在していたオーストラリア人、イギリス人、ニュージーランド人のテレビ・クルー5人の死体が発見された。事件後、何度も真実を求める家族らが豪政府の調査を要求していたが、一度も実現しなかった。しかし、2007年1月5日、初めてバリボーの5人の1人、イギリス人のブライアン・ピーターズの死因を調査する検視法廷がシドニーで開かれた。これまでの公式発表では、グレッグ・シャックルトン、ゲイリー・カニンガム、トニー・スチュアート、マルコム・レニー、ブライアン・ピーターズの5人は、インドネシア軍とフレテリンの銃撃戦の挟み撃ちになったとされている。5日、インドネシア軍に訓練を受けたことのある東チモール人証人グリーブ2が証言台に立ち、「ジャーナリスト4人が手を挙げ、撃たないように懇願した。ところが、隊長のモハマド・ユヌス・ヨスフィア大尉が真っ先に彼らに銃を乱射し始めたと証言した。証人は、ヨスフィア大尉が発砲するところは見なかったが、その後他の兵隊達が数分、ジャーナリスト達に向けて銃を乱射したと証言している。ヨスフィア大尉は、1998年にハビビ政権で通信大臣に任命されている。ヨスフィア氏は、ABC放送のインタビューに答えて事件関与を否定し、証人を「大嘘つき」とした。(AAP)
文末に(AAP)とある記事は、AAP配信記事の忠実な翻訳であり、日本国内の報道と合致しない記述も含まれています。
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